“乞食は唯一の友である犬を亡くした。城門の前でうずくまり悲しんでいる乞食に、今まさに戦争祝賀会へ出かけようとする皇帝が声をかける。
乞食は言う「皇帝なんて存在しない。人民が皇帝がひとりいると思い込んでいるだけだ」「敵を殺しただけで勝ったのではない。白痴が白痴を殺しただけだ」と。皇帝は乞食に容赦ない言葉で批判され、乞食に向ける慈愛でさえも拒絶され批判される。
 乞食と皇帝の会話はまったく噛み合わず、いつしか二人の立場を逆転させる”

 「乞食あるいは死んだ犬」は1919年、ブレヒトが21歳のときに書いた短編作品です。
レパートリーシアターKAZEでの初演は2008年。海外の演劇人との交流の中で出会ったフランスの俳優オリビエ・コントが乞食を、そしてルーマニアの女優イワナ・クラチュネスクが女帝を演じ、東京演劇集団風との共同制作作品となりました。

 今、大衆と呼ばれる私たちは権力を批判する自由があり、経済的にも富める者に対抗するだけの知識を持っているかもしれません。しかし私たちを支配する力や私たちのうえに立つ富める者をつくり出したのは私たち自身なのだとは気がつきにくいものです。
 反対に知性や自由な思想に直面した時の権力の弱点も描かれています。乞食と皇帝の会話はどちらかが勝ち、負けるわけでもなく悲観的な終焉を迎えます。ブレヒトは20世紀の始め、若干二十歳の頃、このことに気がつき始めていたのかもしれません。

 初演の翌年、2009年にはルーマニア・ツアー(シビウ国際演劇祭 招待参加公演/トゥルゴヴィシュテ「クライシス・バベル演劇祭」招待公演/ブカレスト コメディ・シアター)を行いました。ビエンナーレKAZE演劇祭などでつくりあげた海外の演劇人たちとの交流によって生まれた、風のブレヒト、最新レパートリーです。

作:ベルトルト・ブレヒト
訳:岩淵達治
演出:浅野佳成
音楽:八幡滋
舞台美術・衣裳:
ズザンナ・ピョントコフスカ
照明:
フランソワ・シャファン